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東京高等裁判所 昭和26年(う)2700号 判決 1952年6月19日

控訴人 原審検察官 田中万一

被告人 峰田重三

検察官 野本良平関与

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検事田中万一作成名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつて、茲にこれを引用する。

仍つて按ずるに業務上横領の所為は被害法益が単一であり、それが単一若しくは継続意思の発動に基き敢行された場合においてはたとえ行為が数箇であつてもこれを包括して観察し、一罪と認むべきを相当とする。

ところで

本件起訴状記載の公訴事実は、第一、第二に特別に区別して書き分けられて居り、而も第一の事実たるや数ケ月に亘るものである。従つて該起訴状の記載からすれば、検察官は第一と第二の事実を別個の犯罪事実と認めて起訴したものの如く認められないことはなく、これを併合罪としての起訴と認めた原判決の判断もあながち無理からぬ点もないではない。然し乍ら、これを仔細に検討すれば、第一の事実は、昭和二五年二月中旬から八月中旬までの間の行為であり、第二の事実は、同年八月二一日の行為であり、両者はその全部を通じ、日時が接続して居り、又第一、第二の事実とも親友相互貯蓄組合長五十嵐金太郎の為め業務上保管中の現金の費消横領行為でありその被害法益は単一であることが看取される。検事の控訴趣意によれば、本件起訴状記載の公訴事実は全部を通じて単一の犯罪であると主張するが、それはその主張全体から見て始めて判明されるのであつて、本件起訴状の公訴事実の記載自体からは極めて不明確な誹を免れない。従つてかかる場合、原審裁判所としては須らく、検察官をして公訴の趣旨を釈明させ、然る後審判すべきであつたに拘らず、原審裁判所はこれを釈明することなく、直ちに第一の公訴事実につき訴因の明示を欠くものとして、これを棄却したのは、畢竟審理不尽の違法があつたものであり、その違法は判決に影響を及ぼすこと極めて明白であるから、結局検事の本件控訴はその理由あることに帰し原判決は、此の点において到底破棄を免れない。

仍つて刑事訴訟法第三九七条第四〇〇条本文に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫莊太郎 判事 渡辺好人)

検察官の控訴趣意

第一点原判決は犯罪の個数(罪数)に関する法令の解釈を誤り一罪として起訴された公訴事実を誤つて数罪であると判断し、これに基いて本件事実第一は訴因を明示せずして為されたものであり、公訴提起の方式がその規定に反したため無効であるときにあたるとし、これを理由として公訴を棄却したものであるが、これは明らかに不法であつて破棄を免れないものと思料する。

すなわち本件公訴は業務上横領の単純なる一罪として訴因を特定してなされたものである。本件起訴状記載の公訴事実についてみるにその被害法益は単一であり、被害場所も単一、日時も近接しており、犯罪の手段方法、犯罪も全く同一であり、犯意も単一とみられるのであつて単純なる一罪としての起訴である。然るに原判決は公訴事実第一について併合罪すなわち数個の犯罪なりとして論じているがその前提が誤つている。その誤つた理由を推測するに従来連続した業務上横領の行為は連続犯として取扱われて来たが昭和二十二年刑法第五十五条が廃止されたことによつて科刑上、一罪としての取扱を廃め、すべて併合罪として取扱うことになつたから本件公訴事実も亦連続犯に属するものとし、従つて現行法上併合罪として取扱うべきだとしたもののように思われる。然し乍ら本件公訴事実第一は(第二も含めて)講学上接続犯に該当する単純なる一罪であつて決して厳密な意味における連続犯ではない。従つて一の訴因にまとめて記載することは当然許容されて然るべきであるし、できるだけ特定するという趣旨に基いて第一、第二と書き分けて明示したに過ぎないのであつて公訴事実第一については被告人が完全なる記憶を保持していないのでそれ以上の明示は不可能であり、且つ、その必要もない。従つて原判決は罪数に関する法令の解釈を誤り一罪である本件公訴事実を数罪なりと判定しこれに基いて本件公訴事実第一は訴因を明示してなされていないから無効であるとして不法に公訴を棄却したものであつて到底破棄を免れないものと思料する。

第二点原判決は起訴状に記載すべき公訴事実の記載方式に関する法令の解釈を誤り本件起訴状には法令で要求されている公訴事実の記載をしているのに訴因が明示されていないとして不法に公訴を棄却したものであつてこの点からいつても到底破棄を免れない。起訴状に記載すべき公訴事実の記載方法については刑事訴訟法第二五六条第三項の規定があるが本件公訴事実はそこに要求されている程度に訴因を明示しているのである。

本件公訴事実は第一、第二を通じて接続犯すなわち単純一罪として起訴したものであるから、一罪とする以上一つの訴因を纒めて記載することで足りるのである。仮に前記刑法改正前なら連続犯にあたるような場合としての起訴であるとしても刑法第五十五条は廃止されたが訴訟法の面で連続した数個の行為について特殊の取扱をすることを禁止してはいない。純粹に手続的な面である起訴状の記載、判決書の記載の形式については従来の連続犯にあたるものについてある程度簡易な手続が認められて然るべきものである。原判決は本件公訴は併合罪としての起訴であると判定した上各個の犯罪行為につき訴因が明示されていないというのであるが、そのように各個の訴因を明示する必要もないし、又明示が不可能な場合もある。本件起訴状の公訴事実の記載の程度で十分に特定されまたこれで被告人の防禦に支障はないと認められるからこれ以上の特定は必要でもないしこれ以上個々の着服行為について特定することの不可能乃至は至難な本件事案についてはこの程度の記載を以て刑事訴訟法第二五六条第三項の要求する程度の訴因の明示の要件が尽されていると解すべきである。同項に「できるかぎり」とあるのは斯様な場合を指すものとみるべきである。若しそう解釈しないならば、此種事案は起訴の対象から外されざるを得ないこととなり極めて不当な結果を生ずる。

従つて原判決は公訴事実の記載方式に関する法令の解釈を誤り法令で要求されている記載をしているのに訴因が明示されていないとして不法に公訴を棄却したものであつて到底破棄を免れないものと思料する。

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